専門書にチャレンジ

広瀬 大介(ひろせ・だいすけ)
1973年生。青山学院大学文学部比較芸術学科准教授。著書に『リヒャルト・シュトラウス 「自画像」としてのオペラ──《無口な女》の成立史と音楽』(アルテスパブリッシング、2009年)、訳書にベルリオーズ、シュトラウス『管弦楽法』(音楽之友社、2006年)など。『レコード芸術』誌などへの寄稿のほか、各種曲目解説などへの寄稿・翻訳多数。 Twitter ID: @dhirose

広瀬 大介

第26回 
「世界音楽」の視座とその後

 「世界音楽」という言葉を頻繁に聞くようになったのは、ここ10年くらいのことだろうか。この言葉が生まれたきっかけは、平成14年から施行された新学習指導要領にあるらしい。柘植元一、塚田健一両氏によって編まれた『はじめての世界音楽』の終章によれば、中学校の音楽教材においては、それまでの「西洋音楽」、すなわち欧米先進諸国の音楽(クラシック音楽とほぼ同義)に偏重していた音楽教育を改め、「我が国及び世界の古典から現代までの作品、郷土の民謡など我が国及び世界の民謡のうち、平易で親しみの持てるもの」を扱うように指導することになったとのこと。その考え方が端的に現れているのは、従来の学習指導要領にあった「諸外国の民族音楽」ということばにある、と柘植氏は説く。この言葉は、主としてアジアやアフリカの伝統音楽を意味するものであり、いわゆる「西洋音楽」がこの言葉の中に含まれることはなく、民族音楽のひとつだとみなされることはなかった、それまでの考え方を端的に示す言葉と考えられるだろう。「西洋音楽」だけを特別視するのではなく、人類が生み出した音楽文化をすべて等価値のものと考え、同じ視座を与えることこそ、この「世界音楽」という言葉が多用されるに至った背景にある。“Music”という単語が、このような意味合いで用いられるときは、単数形ではなく複数形“Musics”になる、ということも、その傾向を端的に示してあまりある。

 同書は、音楽というものが、各民族の生活の中から生まれ、やがて民族のアイデンティティを表象するものとして用いられ発展していく、という過程を、簡にして要を得た解説で綴っていく。もちろん、入門書としての制約はあるので、あらゆる民族の音楽を網羅するというわけにはいかず、各章の著者が専門に研究してきた音楽を例として挙げながら、という体裁はとられているが、それらを流し読みするだけでも、音楽というものに対する価値観の多様性が見て取れるだろう。ここでもすべての例を挙げることはできないが、ガムランで用いられる音階ひとつをとってみても、一オクターヴを均等に分割するスレンドロ音階の存在、ひいてはそれらを含むガムラン音楽そのものの考え方は、純正律、中全音律、平均律などという複雑な音の分け方を志向してきた西洋音楽のそれとは対極にある。あらゆる音楽に対して同じ視座を与える、という方法論は、すべての章に徹底している。

 増野亜子『声の世界を旅する』は、より一般的な読者に向けた、開かれたエッセイとしての魅力を放っている。人間が存在する以上、そこには文化が存在する以前に「声」がある。その声の使われ方、その解釈の多様さにおいて、やはり「西洋音楽」を相対化する視点は共通している。流れるようにひとつの音節を引き延ばして歌うメリスマ歌唱の在り方も、西洋音楽におけるベルカント・オペラの発声法にとどまらず、石焼き芋のトラックの歌、声明、マケドニアに息づくロマの歌、モンゴルの「長い歌」オルティン・ドー、韓国・全羅道の民謡に見られる「ふるわせるのど(トヌンモク)」「折るのど(コンヌンモク)」といったありとあらゆる例がひかれる。ひとつの「声」の在り方が世界各地の文化においてどのような様相を見せているか、自由自在に世界各地を飛び回りながら例示してくれるその手並みは、鮮やかの一言に尽きる。

授業のための日本の音楽世界の音楽』二冊は、初等・中等教育において、これらの音楽がどのように教えられているかについて、直接現場に携わらない筆者のような読者にも、その実態を教えてくれるものとして興味深い。いまもなお生き続ける日本の民族音楽である《阿波踊り》を実地に体験するため、まずは三味線に、そして踊りそのものに触れさせることで、積極的な受容を促す。その一方で、スペインの音楽も、フラメンコのリズムの違いを説き、《鳥の歌》をリコーダーで演奏し、セビジャーナスまでを踊ることで、《阿波踊り》と同じ地平で体感する。いまの子どもたちが日本の《阿波踊り》を親しみ深いもの、スペインのフラメンコを疎遠なものと感じるとは限るまい。日本人は、まさに「西洋音楽偏重」の音楽教育によって、日本の音楽の歴史を体系的に学ぶ機会を失って久しいのだから、フラメンコのほうに限りない魅力を感じる子どもも少なくないはず。日本を含むあらゆる音楽文化を等価値なものとする教育がどのような成果を挙げるかは、これからの行く末を見守らねばなるまい。

 まさに西洋音楽偏重の教育下で育ち、その価値観を刷り込まれた筆者にとって、これらの本を通読することは大きな歓びであった。一方で、西洋音楽がこれらの世界音楽を相対的に観察する上での物差しとして用いられている現状も、これらの本の行間からこぼれ落ちてくる。世界各地の音楽を採譜し、その実際を他者に伝えようとするために、我々はいまだなお、その音楽を五線譜上に(あくまでも近似値的に)記す以外の方法を持ち合わせていないのだから。すべての音楽を等価値のものと捉えるための共通言語、あるいは一般教養のひとつとして、西洋音楽の語法をその仲介物として用いなくてはならない現状に変わりがないのであれば、むしろさまざまな音楽を比較する上で、西洋音楽の記譜法と演奏のメソッドは、いまよりもさらに柔軟な形で用いることができるように工夫せねばならないだろう。

ご紹介した本
〔オルフェ・ライブラリー〕声の世界を旅する

〔オルフェ・ライブラリー〕声の世界を旅する
増野亜子 著

明治大学および東京芸術大学の講義内容をベースに、気鋭の民族音楽学者が世界のさまざまな地域で暮らす人々の声の文化を分析・考察する。ホーミーから初音ミクまで、多様で変化に富んだ声のかたちの向こうに見えてくるものとは?貴重な写真や譜例、著者の手になる楽しいイラストも多数掲載。音楽と人間についてもっと知りたい読者を発見の旅に誘う一冊。

はじめての世界音楽

はじめての世界音楽
柘植元一、塚田健一 編

民族音楽学の研究成果を、地域別にわかりやすくまとめた入門書。諸民族の伝統音楽はもちろんのこと、移民の音楽やポップスまで幅広くカヴァーし、社会と音楽のかかわり、人間の思考と音楽との関わりについて、動態論的な視点から興味深く読み取れるよう新鮮な記述を試みている。高校・大学の民族音楽の教科書として最適。また、国際理解教育の資料としても役立つ。

〔音楽指導ブック〕授業のための●日本の音楽・世界の音楽 日本の音楽編

〔音楽指導ブック〕授業のための●日本の音楽・世界の音楽 日本の音楽編
島崎篤子、加藤富美子 著

1999年発行『授業のための 日本の音楽・世界の音楽』の増補改訂版。音楽指導ブックシリーズ「世界の音楽編」に続く、「日本の音楽編」。
小・中・高において欠かせない日本の音楽の学習。和楽器の実習が必須になり実践事例も急速に増えているが、「概要・用語などを説明すること」「映像を見せたり音楽を聴かせたりして、その感想を書かせること」「有名な曲のワンフレーズを和楽器で演奏すること」のほかに、どのように学習活動を広げていけばいいのか、といった声も聞こえてくる。本書は、「教師が自分で題材化する力を身につける」ための書。題材化するために必要な知識、資料(図版、楽譜、CD/DVD情報含む)、鑑賞の視点、歌唱・器楽・音楽づくりの活動のアイディアを提供する。既刊収載の章(箏、雅楽、阿波踊り、沖縄音楽、祭囃子)は補筆し、能・狂言、文楽、歌舞伎の3章を新たに書き下ろした。

〔音楽指導ブック〕授業のための●日本の音楽・世界の音楽 世界の音楽編

〔音楽指導ブック〕授業のための●日本の音楽・世界の音楽 世界の音楽編
島崎篤子、加藤富美子 著

1999年に発行された『授業のための 日本の音楽・世界の音楽』の増補改訂版。
小・中・高での音楽教育において、「諸外国の音楽」の学習は欠かすことができない。しかし、「概要・用語などを説明すること」「映像を見せたり音楽を聴かせたりして、その感想を書かせること」のほかに、どのように学習活動を広げていけばいいのか、といった声も聞こえてくる。本書は、「教師が自分で題材化する力を身につける」ための書。世界中の音楽から、小・中・高の授業で「取り上げたい」かつ「取り上げやすい」ものを厳選し、題材化するために必要な知識、資料(図版、楽譜、CD/DVD情報含む)、活動のアイディアを提供する。既刊収載の章は補筆し、3章を新たに書き下ろした。

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