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広瀬 大介(ひろせ・だいすけ)
1973年生。青山学院大学文学部比較芸術学科准教授。著書に『リヒャルト・シュトラウス 「自画像」としてのオペラ──《無口な女》の成立史と音楽』(アルテスパブリッシング、2009年)、訳書にベルリオーズ、シュトラウス『管弦楽法』(音楽之友社、2006年)など。『レコード芸術』誌などへの寄稿のほか、各種曲目解説などへの寄稿・翻訳多数。 Twitter ID: @dhirose

広瀬 大介

第15回 
バッハから明日を生きるための活気と闊達さを得る

 2011年9月10日、ドイツ文学者の杉山好(すぎやま・よしむ)さんが、心不全で亡くなられた。享年82歳。音楽関係者にとっては、とにかくその愛情溢れるヨハン・ゼバスティアン・バッハ関連の著作、そして格調高い声楽作品の飜訳でおなじみの存在であった。
 わが身を振り返れば、筆者は決してバッハ作品の良き聴き手ではなかった。《マタイ受難曲》や《ロ短調ミサ》といった大曲を本格的に聴き始めたのは20歳代を半ば過ぎた頃であり、いざ聴くときも、バッハの偉大な精神に触れるというよりは、むしろオラトリオ、いやオペラを聴くのとほとんど変らない、エンターテインメント作品を聴くのと変らぬ心持ちで接していた、不純きわまりない聴き手であったことは、いくら懺悔してもたりないほどである。
 今となってみれば、カール・リヒターの重々しくドラマティックな《マタイ受難曲》と、杉山氏のわかりやすく、それでいて深い文学的素養が背後にあればこそ紡ぎうる日本語の世界は、密接不可分に結びついていたように思われる。今回、氏の文章・講演録をまとめた『聖書の音楽家バッハ』をひもとき、やはり氏が日本語の深い世界の中でその言語感覚を磨かれていたことを知った。

さて私が教会カンタータや受難曲で一貫してとってきた文語調の日本語訳について、年齢からいっても私より上ないしは同じくらいのバッハ研究あるいは音楽(史)学の先達がすでに口語訳にふみきっておられたのに、なにをいまさら時代がかった文語訳など、と訝られる向きもあることを承知しているので、ひとこと弁明を記しておこう。このことには、実は筆者個人の精神的転向というきわめて主体的な体験が深くかかわっており、暇をもて余した、ないしは教育現場での不満や退屈のうっぷんを晴らそうとする大学勤務の一語学教師の、文学気どりや高踏的な筆のすさびなどではけっしてないことを、まず理解していただきたい。日本語の点では、富士山麓で登山者のための安全祈願を重要な仕事にしていた浅間神社の宮司を勤めた曾祖父の家系に生まれ、幼少期から日本古来の祝詞を耳にして育ち、その上に祖父の枕元からこっそり拝借した講談本や落語全集に横溢する江戸庶民の語り口や用語法(語彙)などが少年時代の文章語的教養として身についてしまった前歴はおし隠すべくもない。(同書221〜222頁)

 これを読んだ折、筆者はどこかホッとしてしまった。氏が健筆を振るっていた時代にしてすでに、対訳の世界における口語をよしとする風潮は、すでにとどめがたいものとなっていたのだ。筆者自身も未熟ながらこの仕事を手がけるようになってつくづく痛感したのは、かつての日本語がいかに豊穣な語彙の世界を持っていたか、そして短い言い回しのなかに、まるで倍音が響き合うような意味の体系を築くことができる、ということだった。飜訳という営為が可能なこと、不可能なことを隅々までわきまえたうえで、氏はこの世界を表現するために、時代の趨勢に逆らってでも、原詩の世界観・そして自らの世界観に従い、文語的表現を選び取ったのである。氏のそんな姿勢に、面識もなく、学恩を受ける栄にも浴さなかった筆者ではあるが、この場を借りて心からの敬意と共感を捧げたいと思わずにはいられない。
 実際、エネルギッシュで、人に慕われたであろう氏の魅力的な人格は、その講演録での語り口にも十二分に現れている。このような謦咳に実際に接することのできた人たちは、さぞ愉しい時を過ごしたに違いない。バッハ作品に含まれる音名象徴、アルファベットの数値変換などといったトピックにおいて、それに淫するあまり音楽の本質を見失っているとしか思えない研究も散見されるなか、氏の言説はそれがエッセイや講演録の形をとっていても、あるいは論文の形をとっていても、まるで初めてそれを発見したような子どものような新鮮さすら漂わせる筆致(あるいは語り口)を離れることがない。それでいて研究者としての矜恃を失うこともない、非常にバランスの取れたアプローチである。無味乾燥の研究論文とは全く無縁なその文体があればこそ、今なおその生命力を失わない飜訳の数々を生み出すことができたのだろう。

 杉山氏以降に活躍する第一線のバッハ研究者・演奏家(日本人)は、そんな氏の薫陶を直接受けたかどうかに関わらず、この種の闊達さを持ち合わせているように思えてならない。バッハの音楽が闊達なパーソナリティの持ち主を引き寄せるのか、あるいはその音楽の力をもって、関わる人間に闊達さを与えせしめるのか。鈴木雅明氏は、演奏のみならず文章の面でも、その情熱と理性をもってバッハという存在に、全身全霊をもってなお対峙し続けている。『わが魂の安息、おおバッハよ!』という、熱量の高い本の題名に違わず、内容の密度の濃さにも圧倒される思いにとらわれるのは、筆者だけではないだろう。
 鈴木氏は決して「自らは演奏家である」という規(のり)を離れることがない。氏は自身が初めてこの作品を指揮した際、イエス役を歌うマックス・ファン・エグモントが「マタイを歌うのは300回目」という発言を耳にされ、ドイツと日本の間に横たわる、はかりしれないほどの経験の差に圧倒された、というエピソード(同書31〜32頁)を紹介されている。バッハ作品に対する謙虚な姿勢を忘れず、氏が一歩ずつ積み重ねた経験の集積知と呼ぶべき書であり、読みやすい筆致の裏に隠された世界の広さには、文字通り圧倒されずにはいられない。《マタイ受難曲》に限らず、訓練されていない会衆が歌うコラールは、会衆が心を込めて神への讃美を歌う行為にその本質がある以上、技巧を極め、訓練し尽くされたプロといえどもその思いをもって歌わねば、作品そのものの真価に迫ったことにはならない、という告白こそは、実際の演奏に携わる人物にしか語り得ない凄みすら感じられる。(同書37〜39頁)

 研究の分野で杉山氏の薫陶をもっとも濃厚に受けられたのは、礒山雅(いそやま・ただし)氏であることに疑いはない。東京大学教養学部で、杉山氏のバッハ・ゼミナールにおける一番弟子として、師をもっとも親しく知る立場にあった礒山氏が紡ぐ筆致が、どこか杉山氏のそれを彷彿とさせるのは当然でもあろう。私のようなバッハの門外漢にとって、礒山氏が世に問うてきたバッハ関連の著作(とりわけ『マタイ受難曲』東京書籍)がなければ、到底その作品の凄みを自らのうちに感じ取ることはできなかったに違いない。
 『「救済」の音楽』は、氏が「自らの研究の三本柱」と呼ぶバッハ、モーツァルト、ワーグナーの論文集を収めた最新刊である。(バッハのことを書いてほしい、と頼まれているのに、筆者はついワーグナーをはじめに読んでしまうのだが…)。バッハの項を読まれた読者は、氏がバッハ作品に寄せる深い愛情、そして杉山氏から続く知の継承と発展というのは、このような形をとって息づくものなのか、という思いを新たにされることだろう。とりわけ、氏が机上の研究に留まらず、新たに発見された結婚カンタータ「満たされたプライセの町よ」BWV216の復元作業をジョシュア・リプキンに依頼し、その蘇演にこぎ着けたくだりを綴った冒頭の一文は、このような活動こそ学者の存在意義を世に問うための理想の形である、とわが身を振り返りながら猛省せずにはいられない。
 バッハのカンタータと言えば、その研究に長年を捧げられた樋口隆一氏による『バッハ カンタータ研究』という浩瀚な研究書も忘れるわけにはいかない。カンタータとはそもそも何か、バッハの生涯においてどのような意義を有しているのか、受難曲とミサ曲、さらにはバッハにおける通奏低音や後世における受容に至るまで、通史的に学ぶことができる。音楽ファンが手に取るには、やや専門的な研究内容も含まれてはいるが、抑えた筆致のなかに盛り込まれた情報量の多さ、そしてその面白さに、決して読みにくさを感じるようなことはないだろう。
 汲めども尽きぬ泉のような生命力で、聴く者にもその生命力を頒け与えてくれるバッハの音楽。演奏家にも、研究者にも、そして聴き手にも、明日を生きるための活気と闊達さを与えてくれる、このような音楽がほかにあるだろうか。

ご紹介した本
「救済」の音楽

「救済」の音楽 バッハ、モーツァルト、ベートーヴェン、ワーグナー論集
礒山雅 著

『魂のエヴァンゲリスト』(辻荘一賞)、『マタイ受難曲』(京都音楽賞)などのバッハ研究や、『モーツァルト/二つの顔』、訳書のN.ザスラウ著『モーツァルトのシンフォニー』などにまとめられたモーツァルト研究をはじめ、充実の書で読者の篤い信頼を獲得している氏による音楽論集。今回の書は、全体を大きく3つに分け、もっとも得意とするバッハ論に比重を置きながらも、モーツァルト論とベートーヴェン論が2本ずつ収められた「古典派の音楽」、第3章には「ロマン派の音楽」として、氏がクラシック音楽に親しむ切っ掛けとなったもう一人の敬愛する作曲家、ワーグナーについての長年の研究成果が今回初めてまとめられている。なかでも氏の最も関心の深いテーマ「キリスト教と音楽」を扱った《パルジファル》について多くのページが割かれている。

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