専門書にチャレンジ

広瀬 大介(ひろせ・だいすけ)
1973年生。青山学院大学文学部比較芸術学科准教授。著書に『リヒャルト・シュトラウス 「自画像」としてのオペラ──《無口な女》の成立史と音楽』(アルテスパブリッシング、2009年)、訳書にベルリオーズ、シュトラウス『管弦楽法』(音楽之友社、2006年)など。『レコード芸術』誌などへの寄稿のほか、各種曲目解説などへの寄稿・翻訳多数。 Twitter ID: @dhirose

広瀬 大介

第1回
音楽療法の「いま」を物語る, 二人の著者による刺激的な理論と実践

 ギリシャの哲人アリストテレスは、いみじくも「人間は社会的動物である」と説いた。ヒトはヒトとの関わり合いなしには生きられない。だが、コミュニケーションのほぼ唯一の手段たる言葉を用いても、ヒトとヒトとの間にはさまざまな齟齬が生じる。あるいは、先天的障害を抱え、はじめから言葉によるコミュニケーションが不可能なヒトもいる。こうしたコミュニケーション不全によって傷ついたヒトの心を癒す音楽の力は、太古の昔から認識されていた。このようにして生まれた音楽療法は、現代に至ってもなお発展を続けている。

  最先端の音楽療法では、「音楽は世界の共通語」的な、素朴な観点からは脱却を果たしているようだ。ヒトが用いるコミュニケーション手段は、自身が拠って立つ文化的背景に依存するものであり、音楽もその例外ではない。少なくとも音楽療法士はそのことに自覚的であるべき、とする考えが生まれているためである。

 スティーゲの『文化中心音楽療法』において、文化という言葉は「人間の共存を可能にし、調整する習慣とテクノロジーの集積」と定義される(同書68頁)。スティーゲは、ケーススタディやモデルケースの単なる集積という観の強かった音楽療法に、この「文化」という枠組みを与えることによって、新たな理論を構築する可能性を開いた。同書では、この新しい音楽療法の可能性を、理論の構築(ヴィトゲンシュタインの哲学に多くを負っている)とその実践、という二つの視点から発展させようと試みている。

 パブリチェビク『みんなで楽しく音楽を!』では、著者がこれまで積み重ねてきた実践的な音楽療法の例を紹介している。本書のはじめには、ヨーロッパ的文化背景をもつ著者が任地のアフリカで自身のやり方を貫こうとし、挫折する姿が描かれる。この本は、著者が二つの文化の違いに自覚的に接し、その両者を巧みに操ることを強いられた、一種のドキュメンタリーでもある。この本の読者には、これらのケーススタディを、自分が関わっている音楽に則してうまく適応させ、現場で実践することが求められる。

 パブリチェビクの体験を一読した上で、スティーゲの理論に目を通せば、その理論が具体的に何を意味するのかが、はっきりとイメージできることだろう。この両者が、共通した問題意識のもとに、同じゴールに向けて違う道をひた走っているのがわかるはずである。二人の著者が提示する刺激的な理論と実践は、音楽療法の「いま」を雄弁に物語っている。

HOME
JASRAC
JASRAC許諾番号:
9013065002Y38029
JASRAC
JASRAC許諾番号:
S1009152267