エチオピアの楽師、吟遊詩人を追って―音楽を職能に生きる者たち―

川瀬 慈(かわせ・いつし)
1977年岐阜県生まれ。映像人類学者。国立民族学博物館/総合研究大学院大学准教授。
エチオピアの楽師、吟遊詩人の人類学研究、民族誌映画制作に取り組む。同時に人類学、シネマ、アートの交差点から創造的な叙述と語りを探求する。代表的な映像作品に『ラリベロッチ』『僕らの時代は』『精霊の馬』『Room 11, Ethiopia Hotel』(イタリア・サルデーニャ国際民族誌映画祭にて「最も革新的な映画賞」受賞)。共編著に『アフリカン・ポップス!——文化人類学からみる魅惑の音楽世界』(明石書店)、『フィールド映像術』(古今書院)、近著『ストリートの精霊たち』(世界思想社)が第6回鉄犬ヘテロトピア文学賞を受賞。

川瀬慈
新着記事

第9回
ほめ歌、聴き手とのやりとり

 さてと、ぼちぼちアズマリの歌の世界に、より深くわけ入っていこう。歌といえばもちろん歌詞。歌詞といっても、テクストを抽出して、翻訳して論じ、解説してもアズマリの歌の魅力がすべて伝わるわけではない。かといって歌詞のテクストをまったく紹介しなくてもいったい連中が何を歌っているのかわからない。いままで語ってきたとおり、彼ら、彼女たちの歌は常に、聴き手をはじめ、歌い手のまわりの人々との豊かなやり取りに支えられ、即興的に、場面対応的に展開していく。その場の空気を読み、歌いかける相手に関する情報を収集し、歌うタイミングを慎重にみはからう。親族や先輩のアズマリからゆずりうけた歌詞ももちろんあるのだが、その場の人々の容姿、しぐさ、言葉のレスポンスを受け取り、相手の性格、気質にまで言及する歌詞をその場でも創作していく。演奏のテンポに配慮し、言葉で相手の虚栄心をくすぐり、笑わせ、挑発し、少し恥をかかせたり、押して、引いたりしながら、さらに歌を続ける。そんななか、アズマリの歌にとってもっとも大切なことは、歌いかける相手を褒め、もちあげ、楽しませること。ほめ歌はアズマリの芸の中核の部分だ。そして、シェレマットと呼ばれるチップを相手から受け取ることも忘れちゃいけない。以下では、歌が歌われた脈絡を念頭にアズマリのほめ歌について紹介したい。
 例えば、アズマリは歌いかける相手の特徴を題材にしたほめ歌を歌う。具体的な例を、少し見ていこう。

 መሳቁንማ ሚኪየ ይሳቅ
 ミキを笑わせてみよう

 ከሰላሳው ጥርሱ አለች ትንሽ ወርቅ
 彼の30本ある歯のうちに 金歯が見えるから

 エチオピア正教会の信者の場合、男子は生後40日、女子は80日に洗礼を受け、洗礼名を授かる。これは、とあるアズマリが、男子の洗礼式の晩餐に参加した青年にむけて歌ったほめ歌である。ミキとは、男性の名称ミキャエルの愛称。このアズマリはまず歌う前に、歌いかける相手の名前(ミキャエル)をその場にいた人々にあらかじめ聞きだし、歌詞の内容に反映させていた。歌いかける相手の名前を歌詞にとりいれることで、相手の心をつかむのだ。「金歯」というのはこの歌詞の場合、富の象徴として用いられている。すなわち、金歯という語を用いて、相手(ミキャエル)が裕福であることを示し、相手の気分を持ち上げているのだ。

 ተጫወት ሰለሞን ጨወታህ ያምረኛል
 ソロモン なかなかいいユーモアのセンスしてるね もっと話してよ

 ከሆድህ ንብ የለው ካፍህ ማር ይገኛል
 おなかにハチがいないのに口から蜂蜜があふれてくるね

 この歌詞は、公園に歌いにやってきた若いアズマリが歌っていた内容。歌いかける相手はチャット(エチオピアにおける嗜好品植物、ニシキギ科の常緑低木)を噛む若い男性3人。この3人組のうち、ソロモンと呼ばれる青年が、歌いかけるターゲットに絞り込まれたようだ。ここにおいて「蜂蜜」は「楽しい話」という意味。蜂蜜は皆の大好物。ゴンダールの郊外では多くの家が養蜂をやっている。家の裏に、カフォーと呼ばれる養蜂箱を持っている。乾期の10月から11月にかけてが、蜂蜜がよくとれる季節といったところか。蜂の巣ごとチューチュー吸うのがたまらない。ソロモンのおなかの中に蜂などいないのに蜂蜜のように甘く愉快な内容のお話が口からあふれ出てくる。どうか、話すことを止めないでほしい、という内容だ。次の歌詞にいこうか。

 ቢያምኑህ አይደለም ወይ ቢተማመኑህ
 あなたは皆に信用されている

 የኢትዮጰያ ንግድ ባንክ ሰራተኛ አንተን ያረጉህ
 あなたはエチオピア商業銀行の行員さんなのかい

 エチオピアの大手銀行であるエチオピア商業銀行の行員のように、あなたは信用するに値する、と歌っている。これは、人の外見的な特徴ではなく「信用できる」という人の性質に対して言及した歌詞の内容。聴き手の外見に関わらず使い回すことが可能な歌詞であると理解してよいだろう。この歌を歌いかけられた男性は、右手に紙幣を持ち、それをアズマリに対して振りかざし、見せつけながら、さらに歌詞を歌いかけるよう誘導していた。

 እንደኛ አገር ሰዎች መስሎት ቢስቅም
 我々の国の人間みたいに笑いはするが

 ፈረንጅ ጭብጨባ እንጅ ሽልማት አያውቅም
 外国人は拍手するだけで 私へのシェレマット(歌の報酬、チップ)を知らない

 これは少し辛らつな歌。ある酒場の中で、アムハラ語を全く理解しない外国人の観光客に対してアズマリがほめ歌を歌い続けた時のこと。アズマリがいくら歌えども、客がアズマリに対して、チップを渡すことがなかった。仕方がないだろう。彼(客)はアズマリの歌をめぐるしきたりなど知る由もなかったのだ。アズマリはやっかいだ。直接的な表現によって、この外国人客の無知を揶揄し、居合わせたエチオピア人客たちの笑いを導こうと試みたのだから。アズマリは時の権力者、為政者を厳しく批判する歌を歌うことがある(第5回)。以上のように、アズマリは人をほめるのみではなく、時には歌を通して聴き手を批判したり、揶揄をするのだから油断ができない。アズマリがチップの額に満足しない場合、このような揶揄の対象にされてしまうことが多々ある。
 アズマリは歌を通して人をほめ、良い気分にさせるだけではなく、聴き手たちの意見を代弁する。聴き手からアズマリへ向かって詩が投げかけられ、アズマリはそっくりそのままその詩を反復し、他の聴衆に聴かせるのだ。居合わせた仲間の長所をほめる内容と同時に、時には相手への揶揄が、アズマリの歌の素材となる場合もある。二人の男性のすさまじい喧嘩がアズマリの歌を介してなされることもある。演奏が男女のアズマリによる場合は、主にマシンコ奏者である男性アズマリから詩が投げかけられ、歌を担当する女性アズマリがその詩を繰り返すなど、アズマリどうしでも詩の復唱がなされる。また、アズマリの演奏中、聴衆が、己の強さを大声で誇示することがあり、これはフッカラと呼ばれる。戦場における、かつての戦士のふるまいの名残だと思うのだが、アズマリはフッカラも器用にパフォーマンスに取り込んでいく。
 言葉のやりとりだけではない、踊りを介したやりとりもアズマリの歌を語る際に欠かせない。たとえば、リズムに合わせて肩をふるわせる踊りはイスクスタと呼ばれるが、この踊りはアズマリ演奏時に聴衆どうし対面して行われる場合と、アズマリと聴衆が対面して行う場合がある。アズマリの演奏が男女で行われる際、女性アズマリが聴き手にむかいイスクスタをする。座って音楽を聴いている聴衆の面前に女性アズマリが立ち、聴衆にあたかも語りかけるように肩と胸をふるわすのだ。聴衆は黙っていたり、しどろもどろしてはいけない。当然のようにさっと立ち上がり、饒舌におしゃべりするかのように、全身を波打たせ、肩をふるわせ、サッブサッブの掛け声とともに、アズマリと踊るのだ。踊りの最中、感極まった聴衆たちからしばしば「ウルルルルルル・・・」と喉をしぼりだすような歓声、エリルタがあがる。アムハラ語で音楽に関連する重要な単語にゼファンがある。ゼファンは“歌”と“踊り”を同時に意味する。言うまでもなく、歌と踊りは切っても切り離せない。
 そうそう、踊りのあともあれを忘れちゃいけない。シェレマット、シェレマット。余裕があれば100ブル紙幣(日本円で、現在のレートで400円―500円)をアズマリのおでこにペタリと張ってあげよう。この時、襟元にねじこむ、というのもあり。50ブルでもOK。10ブル、5ブル、うーん、アズマリに聞いてくれ。シェレマットの額があまりにも少ないとあなたは歌を通した揶揄の対象にされてしまう。エチオピアでは、日常生活の中で、紙幣とは別に硬貨も使われる。硬貨の量がたとえ多くても、硬貨を歌い手への報酬として渡すことは失礼とされている。必ず紙幣を渡しましょう。
 アズマリの演奏に居合わせた者は誰でもある程度、アズマリとのやりとりを楽しんだら、歌への御礼として紙幣を彼/彼女に渡す。これは重要なマナー。とはいうものの、この“ある程度”の理解は人それぞれ、アズマリにとっても聴衆にとっても。シェレマットを渡すタイミングを逃し、“ケチ野郎”と歌い手に揶揄され、中傷され、大恥をかかされるのはできれば避けたい。また、ほめ歌の途中で、シェレマットをいきなり渡しても、アズマリはさらに歌を続け、さらなる報酬を要求してくる。老獪なアズマリの歌におだてられ気前よくシェレマットを乱発しすぎて財布の中身がすっからかんになってしまっても大変だ。じっくり、じっくりと、アズマリからほめ歌を引き出していく。そして、いまにもシェレマットを渡す、といわんばかりに胸元やポケットに手をつっこんだり出したりして、じりじりと歌い手をじらしていく。そんなことができれば、あなたも立派な聴き手としてアズマリに一目置かれることになる(のかもしれない)。

HOME