エチオピアの楽師、吟遊詩人を追って―音楽を職能に生きる者たち―

川瀬 慈(かわせ・いつし)
1977年岐阜県生まれ。映像人類学者。国立民族学博物館/総合研究大学院大学准教授。
エチオピアの楽師、吟遊詩人の人類学研究、民族誌映画制作に取り組む。同時に人類学、シネマ、アートの交差点から創造的な叙述と語りを探求する。代表的な映像作品に『ラリベロッチ』『僕らの時代は』『精霊の馬』『Room 11, Ethiopia Hotel』(イタリア・サルデーニャ国際民族誌映画祭にて「最も革新的な映画賞」受賞)。共編著に『アフリカン・ポップス!——文化人類学からみる魅惑の音楽世界』(明石書店)、『フィールド映像術』(古今書院)、近著『ストリートの精霊たち』(世界思想社)が第6回鉄犬ヘテロトピア文学賞を受賞。

川瀬慈
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第24回(最終回)
さあ私もあなたも生き延びよう

 エチオピア北部では四月中旬に、アルバツォムと呼ばれる精進期間が終わる。年間、様々な精進期間、ツォムがあるが、二月から四月にわたるこの期間が最も長く厳しいことで知られる。正教会の信者たちはこの期間、食事の席では肉類や牛乳をはじめとする動物性のたんぱく質をとらず、普段の生活の中では歌や踊り等の娯楽を控える。宴会もなくなり、酒場に繰り出す人の数もめっきり減る。数キロ痩せ、頬がこけたゴンダールの友人たちの顔が思い浮かぶ。言うまでも無く、アズマリにとっては演奏機会が激減するつらい時期だ。
 アルバツォムは、キリストの復活を祝う祭日ファシカ(復活祭)とともに終わる。深夜、日付が変わり、ファシカを迎える瞬間、町のあちこちでは歓声が沸き起こる。翌日からは皆、親戚、友人の家を訪ねまわり、牛の生肉にたっぷりのバルバリ(唐辛子を中心とした真っ赤なミックススパイス)をつけて頬張る。ああ、鼻につんとくる癖のあるスパイスの匂いがよみがえる。そして蜂蜜酒タッジを飲み祝う。そのままアズマリベットをはしごしてもよいだろう。みなが待ちこがれる、華やかなファシカ。アズマリたちは酒場や家庭の宴の場にあらわれ、マシンコの演奏とともに歌い踊り、人々を笑わせ楽しませる。しかし、2020年、今年の四月は、いつもと状況が違うようだ。新型コロナウィルスの世界的な蔓延は、我々のあらゆる活動の範囲を狭めた。あたかも、人類と地球の関係のあり方を根本からリセットさせるようなすさまじい時代が到来した。ここ日本でも、ライブハウスやクラブは閉鎖され、あらゆる音楽イベントが中止に追い込まれている。興行主、アーティストのみならず、様々な業界の関係者が未曾有の危機に向き合い、苦境に立たされている。
 アズマリたちは大丈夫だろうか、と心配し、何人かの仲間にスカイプを使って電話をかけてみる。みな仕事がなくなり大変なようだ。僕が話をした中の一人に、ゴンダール、ブルボクス村出身の旧友、ソロモンがいる。最後に彼に会ったのは半年前のアジスアベバ。毎夕レストランで演奏し、夜はアズマリベットで歌い、たまにテレビ番組にも出演するようになった、仕事は順調で収入もそこそこ安定している、とうれしそうに笑顔で語っていた姿が目に浮かぶ。将来は息子を日本に留学させたいとのことだったった。久々に電話ごしに聞くソロモンの声は落ち着いていた。エチオピアでも政府主導の、いわゆるソーシャル・ディスタンシング(社会的な距離の確保)が実践されている、学校や会社、レストランは閉まっている、当然ながらアズマリが歌う酒場やアズマリベットも休業中である、と。また、故郷のゴンダールの村から穀物のテフが定期的に送られてくるから食いっぱぐれることはない、大丈夫だ、とのことだった。電話を切った直後、ソロモンからすぐにメールが来た。実をいうと、ここのところ全く仕事がなくなってしまい、かなりきつい状況である、家賃が払えない、食材も底をつき、妻と幼児二人はおなかをすかせて泣いている、ということだった。電話では落ち着き払って話をしながら、直後にメールで本心を伝える、というのがとても彼らしかった。他のアズマリたちは、この苦境にどのように向き合っていくのであろうか。そしてこのような状況に対して僕は何ができるのであろうか。ここのところ毎日考えている。

ከውጭ ቆይታችው ወደ ቤት ስትገቡ
外から家に入るときは

እስኪ መጀመሬያ እጃችውን ታጠቡ
まず最初に手を洗いましょう

እጅ መዳፍ ላይ ቁጭ ካለ
手のひらの上にくっついている

አይጠፋም ቫይረስ
ウィルスは消えない

እጃችውን ታጠቡና ዳቦውን ቁረሱ
だからちゃんと手を洗ってからパンをちぎろう

አይወድም ይላሉ ውሃና ሳሙና
水とせっけんが大嫌い

አይወድም ይላሉ ኮረና ውሃና ሳሙና
コロナは水とせっけんが大嫌い

ፍትግ አርገህ ታጠብ ይለቃል ኮረና
だから真剣に手を洗いコロナを消滅させよう

ኪስን በማይጎዳ ቀለል ባለ ወጭ
そんなにお金がかかるわけじゃないさ

በውሀና ሳሙና ማድረግ ነው ሙልጭ
水とせっけんでコロナは消える

ኑሮን ለማሸነፍ ስንል ደፋ ቀና
生活するために一生懸命働いているときに

ከቤት አስቀመጠን አገተን ኮሮና
コロナがやってきてみな家の中にいることになっちゃった

አትውጡ ተብሏል ተራራቁ ተብሏል
外に出るな 互いに距離を置けといわれる

ይህን መተግበር እንዴት ያቅተናል
こんなに簡単なこと ちゃんと実行に移そうよ

ወደውጭ ስትወጡ ስትንቀሳቀሱ
外出しようとするとき

ሳኒታይዘርና አልኮል እዳትረሱ
消毒液を忘れないように

አንደኛው ሲበላ አንዱ እንዳይራብ
あなたの食事中 他の人が腹を空かせているなんてことがないように

ማካፈል ይገባል ለሌለው ማሰብ
他者への配慮が必要なのさ

ድሀን በማገዝ ለሌላው በመስጠት
貧しい者を助け わけ与える

እንዲህ ይገለፃል ኢትዮጵያዊነት
それこそがエチオピア人であるということ

እኔም እድኖር አንተም እንድትኖር
さあ私もあなたも生き延びよう

ራቅ አርገህ ቅረፅ በሁለት ሜትር
おい離れろ 2メートルあけて俺を撮影してくれ

 ソロモンと電話でやりとりしてまもないそんなある時、とある動画がSNS上に流れてきた。放映されたばかりのエチオピアのテレビ番組だ。どうやらファシカを祝うテレビのトークショー番組のようだ。番組の冒頭には、ゴンダールのアズマリ、イサク・モーガスがマシンコを弾き語っていた。彼はスタジオを歩きまわりながら、トークショーのホストたちを踊らせ、新型コロナウィルスの流行に関する上記の歌を歌った。歌の中で、人々に石けんを使った手洗い、自宅での待機、そしてソーシャル・ディスタンシングについてうながす。ショーのホストたちは、歌に合わせて、スタジオに設置されたキッチンで仰々しく手を洗いながら、アズマリの歌にあわせて、肩を揺らす。歌の中盤の「あなたの食事中 他の人が腹を空かせているなんてことがないように」「他者への配慮が必要なのさ」はもっともだ。この危機を、誰にでも等しく関係する問題としてとらえ、皆で手をとりあって乗り越えることの大切さを指摘し「貧しい者を助け わけ与える」ことこそが、エチオピア人としての美徳である、と諭す。そして、何よりも、歌の最後に、彼を撮影するカメラマンに対して言い放った「おい離れろ 2メートルあけて俺を撮影してくれ」というオチには笑わせられる。どのような状況でもアズマリはアズマリだなあ、とやけに感心させられてしまう。
 長い歴史の中で、権力者の庇護のもと、権力側を礼賛し、批判し、そして時には庶民の声の代弁者となって歌ってきた楽師。時として、いかがわしい存在として排除されながらも、生と死の底知れない深みを歌い祈るアズマリ、ラリベラ。踏まれ、蹴とばされても、しなやかに、したたかに、歌を紡ぎ出し、歌を通して時代を彩ってきた職能者たち。これらの人たちに、僕は強く惹かれ、幾たびも、幾たびもエチオピアへ引き戻されてきた。新型コロナウィルスの感染拡大に絡む活動の自粛という厳しい時代の状況をなんとか乗り越えてくれ。「さあ私もあなたも生き延びよう」と心のなかで祈るしかない。その暁には、彼ら、彼女たちは歌を通して、どのような世界をみせてくれるのだろうか。
 この連載では、僕自身の出会いや交流を軸に、エチオピアにおいて音楽職能に生きる人々の動態について写真や動画などを盛り込みながら紹介してきた。エチオピアの地域社会を基点に、歌の力について、さらには歌とともに生きる人々について考えてきた。とはいうものの、アズマリやラリベラの歌の世界と活動の理解という点に関して、どう見ても、自分自身はまだ、広大かつ深遠な世界の入り口に立っているとしか思えない。アズマリの歌の「蝋と金」(第10回)でたとえるならば、僕はまだ蝋の表面を撫でているだけなのかもしれない。「金」の世界に浸る時は来るのだろうか。マシンコの弦の響きに肩を震わせながら、これからも彼ら、彼女たちの歌声に耳をかたむけていきたいと思う。

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