エチオピアの楽師、吟遊詩人を追って―音楽を職能に生きる者たち―

川瀬 慈(かわせ・いつし)
1977年岐阜県生まれ。映像人類学者。国立民族学博物館/総合研究大学院大学准教授。
エチオピアの楽師、吟遊詩人の人類学研究、民族誌映画制作に取り組む。同時に人類学、シネマ、アートの交差点から創造的な叙述と語りを探求する。代表的な映像作品に『ラリベロッチ』『僕らの時代は』『精霊の馬』『Room 11, Ethiopia Hotel』(イタリア・サルデーニャ国際民族誌映画祭にて「最も革新的な映画賞」受賞)。共編著に『アフリカン・ポップス!——文化人類学からみる魅惑の音楽世界』(明石書店)、『フィールド映像術』(古今書院)、近著『ストリートの精霊たち』(世界思想社)が第6回鉄犬ヘテロトピア文学賞を受賞。

川瀬慈
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第4回
生きつづける神話、楽器マシンコ

እዝራ በመሰንቆ ዳዊት በበገና እያጫወታት
エズラはマシンコ ダーウィットはヴェゲナを演奏した

ሳትሰማው አለፈች ያን መላከ ሞት
(彼女は)自分が死ぬことすら感じずに安らかに息をひきとった

 みなさんは神話といったらどのようなイメージを持つだろう。焚火を囲み、古老が子供たちにお話を物語る姿を頭のなかに思い浮かべる人がいるかもしれない。また、学術書のなかに掲載された、分析され論じられる対象としてのお話の類を思い描く方もいるだろう。いずれにせよ、我々の忙しい日常生活とは縁のない遠い世界の出来事のようなものとして、神話をとらえ、位置づける人が大半ではなかろうか。
 歌うことを生業とするアズマリたちのなかで神話は生きている。アズマリがパフォーマンスを始める際、それが結婚式であろうが、酒場であろうが、ゼラセンニャ(神にささげる歌)という特定の歌のなかで、上記の起源神話を朗々と歌い上げる。いわば、神話そのものがアズマリの歌を通して我々に語り掛けてくるかのような迫力だ。これは集団のなかで共有された一種の決まり事でもある。
 ゼラセンニャは数行で一対の極めて短い歌詞によって構成される歌だ。その中の重要な一句が冒頭の歌詞である。エズラ、ダーウィットは天使の名。マシンコ、ヴェゲナはそれぞれ楽器の名前だ。2行目の息をひきとった人物というのは、聖母マリアを指す。マリアは、エチオピア北部の代表的な宗教であるキリスト教正教会のいわば信仰の柱である。アズマリたちは、このエズラを集団の始祖とみなし、以下のような話を共有する。

   
 民家の壁にかけられた聖母マリアの絵   路上で修道士より祝福を受ける女性

 死期が近づいたマリアは、死ぬことを恐れていた。神はマリアに対し「死は万人に等しく訪れるもの、私にもやってきたのだ」と述べ、彼女に死がそれほど恐れるべきではないことであると諭した。しかしそれでもマリアは「私は死にたくない。私を死から遠ざけて。」と神に懇願した。神は「マリアだけが死なないというのは不平等である、と人々が不満をもらすだろう」と述べ、天使のエズラとダーウィットを呼びよせた。そしてマリアの死に際し、エズラに弦楽器マシンコ、ダーウィットにヴェゲナという10弦からなる竪琴を演奏するよう命じた。エズラとダーウィットはそれぞれ歌い、演奏した。2人は「どんなことを試みようが、死は必ず誰にでもやってくる。」とマリアに歌いかけた。すると、マリアは、死に対する恐れをすっかり忘れ、まるで眠るように死を迎えた。

 聖母マリアがまき起こした数々の奇蹟を語り伝えることは、正教会の礼拝の中でもっとも大切なことだ。正教徒にとって、聖母マリアへの熱烈な崇拝は、マリアに関わる祝日の多さからからも伺える。マリアの死の恐怖、苦しみをやわらげるために神につかわされた天使エズラの逸話、自らの出自のルーツ。その神話を歌に織り込み自らの聖性を主張するアズマリたち。


 教会に参拝する人々

 聖性といえば、アズマリという語は、ゲエズ語の動詞ザンマラ(神をたたえる)、さらにはゲエズ語の名詞メズムル(讃美歌)がその由来であるというような民族音楽学者の説も有る。つまり、神に関わるなんらかの行為がアズマリという語のルーツにあるということだ。
 ところがどっこい、話はそんな簡単にはおさまらない。この呼称は、アズマリ自身から、好ましく受けとめられていない現状がある。現在、この語が人々にネガティブな文脈においても盛んに用いられることがその理由だ。エチオピア封建時代にアズマリはパトロンである諸侯を褒め称えるのみでなく、さかんに主人を揶揄、批判した。アズマリは、徐々に本来の語源を離れ「人を侮辱する者」のイメージを持つようになったのではなかろうか。事実、アムハラ語では、アズマリは「極めておしゃべりな人」「意味のないことをぺらぺらまくしたてる人」「乞食」など、ネガティブな意味合いで用いられることも多い。人を罵倒、中傷するときに使われるのである。アズマリたちと行動をともにする僕も、いつのころからか、ゴンダールを歩いているだけで、アズマリ、アズマリと揶揄されることが多くなった。その言葉の響きから、流ちょうなアムハラ語話者ではない僕でも、あきらかに侮蔑的かつ、嘲笑的なニュアンスを読み取ることができた。手に職を持つもの(モヤテンニャ)に対する街の人々の差別意識がこの単語の底にはあるのであろう。
 その一方で、ゴンダールでは、アズマリ以外にもアズマリを指し示す言葉としてアラマチウォチ、リカモコワスなどの語が人々に定着している。アラマチウォチは、遊行者または芸人といったニュアンスを持つ。一方リカモコワスは、アズマリを、専属のお抱え楽師として保護したエチオピア中世の王侯貴族が、お気に入りのアズマリに対して与えた冠位名であると伝えられている。フィールドワークの中で、古老のアズマリ達から、アズマリではなくリカモコワスと、彼らを呼ぶよう注意されることが度々あった。
 それではアズマリ自身はいかに自らを呼ぶのであろう。以前(連載第1回)にも触れた通り、アズマリが自らを指し、アズマリと称することは少ない。アズマリ同士では普段ザタという自称が用いられるのである。ザタはブガ(ザタではないアウトサイダーの意)と対置的に用いられる呼称である。アズマリが自らをザタと呼び、アズマリではないアムハラ人をブガと呼んで差異化する時、アズマリの定義に関する問題がやや倒錯してくる。なぜなら、ザタには、アズマリの血縁集団的な側面をほのめかす意味あいが込められるからである。つまりザタであるためには、両親か片親の血縁者が生業としての音楽に従事していなければならないのである。

 エズラはマシンコ ダーウィットはヴェゲナを演奏した

 天使エズラが演奏したとされる楽器マシンコはアズマリのパフォーマンスに欠かせない商売道具だ。アズマリたちの生業としての音楽を支える楽器、擦弦楽器マシンコについて簡潔に説明する。器楽の物質文化的な側面の話になり、多少情報伝達的で、退屈かもしれないがおつきあいいただきたい。


 マシンコを弾き語るアズマリ

 マシンコが中東から伝播した楽器であると推測する民族音楽学者がいるが、その起源や由来に関して、はっきりしたことはわかっていない。マシンコは、共鳴胴を一本の棹が貫いている。この共鳴胴は長方形の板四枚をひし形状にはりあわせ、そこへ山羊の皮二枚を貼って縫いあわせたものである。山羊の皮は、毛をぬけやすくさせるために土の中に5日間程埋める。マシンコには白色の成熟した雌山羊の皮が使用される。若い山羊の皮は破れやすく、色の濃い山羊の皮は乾いた際、真っ黒になってしまうので使用されない。共鳴胴の前面の四すみと中央部、後面の中央部には響孔が開けられている。楽器の棹と共鳴胴にはムラサキ科の樹木ワンザ(学名:Cordia africana)が用いられる。弓にはウェラ(学名:Olea africana)が用いられる。マシンコの弦は本体と弓ともに馬の尾が用いられている。本体、弓ともに黒い尾を、約120本前後束ねる。馬の尾は、白色よりも黒のほうが擦弦の際の音の響きがよいとされる。ゴンダールのアズマリの大半は、楽器製造を得意にするアズマリにマシンコづくりを依頼するが、まれに、自らの手で楽器を製造する者もいる。
 アズマリのマシンコ演奏について。演奏を行なう際の姿勢であるが、座って行なう場合と立って行なう場合の二通りがある。座って演奏する場合は、両膝の間で共鳴胴を挟み込む。この体勢での演奏は、男性アズマリの独唱時、テンポの遅い曲を演奏するときにおいて行われる。立って演奏する場合は、マシンコについた皮製の紐を肩にかけ、足を踏み慣らしたり、肩を揺らしリズムをとり、踊りながら演奏する。弦は、小指以外の四本の指を使い押さえることによって音を出す。微妙に指を痙攣させながら弦に触れ、ビブラート音を出す事もある。マシンコの音階と、歌い手の声は重なり合い、ユニゾンの関係を維持しながら進行する。マシンコ演奏で用いられる音階は一般にカニェと呼ばれる。カニェはアンバセル (CD♭FGA♭)、 アンチホイエ(CD♭FG♭A)、バティ (CEFGB)、テジータ (CDEGA)の4種のペンタトニックスケール(5音音階)から成る。マシンコは、弦を擦ることによって旋律を奏でる擦弦楽器であるが、テンポの速い曲では、パーカッションとしても利用される。その際は、左手の人差し指で弦をはじいたり、ブリッジと共鳴胴を弓の上端で打ちならし一定のリズムをキープするのである。これは、アズマリが共鳴胴のことをカバロ(太鼓)と呼ぶことからもわかる。
 人々から揶揄されるような対象でありながらもアズマリは、聖母マリアとの密接な関わりを持った起源神話のなかで自らの聖性を正統化する。さらにそれをパフォーマンスの最初にマシンコの演奏にあわせて歌うことによって、その聖性を自集団に、さらには他集団にうったえかけているのである。

参考文献
Ashenafi Kebede 1971. The Music of Ethiopia: Its Development and Cultural Setting,
 Weslean University, Ann Arbor: University Microfilms International.
Kimberlin, C. 1976. Masinqo and the Nature of Qanat, The University of California
 University, Ann Arbor: Microfilms International.

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