エチオピアの楽師、吟遊詩人を追って―音楽を職能に生きる者たち―

川瀬 慈(かわせ・いつし)
1977年岐阜県生まれ。映像人類学者。国立民族学博物館/総合研究大学院大学准教授。
エチオピアの楽師、吟遊詩人の人類学研究、民族誌映画制作に取り組む。同時に人類学、シネマ、アートの交差点から創造的な叙述と語りを探求する。代表的な映像作品に『ラリベロッチ』『僕らの時代は』『精霊の馬』『Room 11, Ethiopia Hotel』(イタリア・サルデーニャ国際民族誌映画祭にて「最も革新的な映画賞」受賞)。共編著に『アフリカン・ポップス!——文化人類学からみる魅惑の音楽世界』(明石書店)、『フィールド映像術』(古今書院)、近著『ストリートの精霊たち』(世界思想社)が第6回鉄犬ヘテロトピア文学賞を受賞。

川瀬慈

第6回
地域社会での演奏機会(1) 祝祭儀礼とアズマリ

 エチオピア地域社会の季節の様々な場で演奏を要請されるアズマリ。これらの場での、彼ら、彼女たちの役割を紹介するまえに、ここでは、アズマリの活動と極めて密接な関わりがあるエチオピアの暦と祭事について語ることにしよう。
 エチオピアでは、多種多様な民族文化とともに、複数の複雑な暦の体系が存在する。主に北部では、西洋のグレゴリオ暦ではなく、1年が13か月のエチオピア暦が用いられる。この暦は、キリスト教エチオピア正教会の祭日や儀礼を主軸とする暦で、コプト正教会に使用されてきた古代エジプトの太陽暦の流れを汲んでいる。エチオピア正教会の起源は4世紀にまでさかのぼる。エチオピア正教会はエチオピア帝国時代(1270年~1974年)においては国教とされた。現在もエチオピア北部を中心に人口の半分近くの信者がいるといわれ、庶民の生活や思考様式に極めて大きな影響を持っている。各教会にはタボットと呼ばれる旧約聖書に登場する十戒が刻み込まれた聖櫃の木製レプリカがある。
 エチオピア正教会の信者には数多くの祭日とツォムと呼ばれる精進期間を守ることが求められる。ツォムは通常、各週の水曜日と金曜日であるが、それ以外にも短期間、長期間、あわせて7種類の公式なツォムの期間が存在し、エチオピア正教会は、トータルすると年間約180日のツォムを信者に守ることを求める。通常信者は、ツォムにおいて、バターや肉類等、動物性のたんぱく質の摂取を避け、菜食を中心とした食生活に切り替える。また酒類や歌や踊り等の娯楽に繰り出すのを避ける。ツォムの意義は、自らの身を弱めることによって、自己中心的になりがちな生活態度を改め、マタイ伝4章にあるように、人はパンだけで生きるものではなく、神の口から出る言葉によって生かされている、ことを確かめることだ。最も重要で、長いツォムは、アルバツォムである。このツォムは、グレゴリオ暦でいう2月下旬から4月中旬に至る実に2か月間弱の長期間におよび、禁欲的な生活の厳しさのため、数キロ痩せる者もいる。祭りもない、パーティーもそんなに開かれない、人はあまり酒場に繰り出さない。そう、ツォムはアズマリにとって演奏機会が激減する、もっともつらい時だ。
 鬱屈とした3か月近くにわたる長い雨期が終わったあと、元旦のケデス・ヨハネス(グレゴリオ暦の9月11日、もしくは12日)を迎える。アデイアベバと呼ばれる、小さな黄色い花が咲き乱れるとてもはなやかな季節だ。屠殺され、各家庭で食される予定の羊が元旦の数日前から、市場や道路にあふれかえる。大晦日ワゼマには、人々は体を洗い清め、松明をかかげた少年、少女達の集団が、ゴンダール市内の店々や民家を駆け足で周り「ホイヤ、ホイヤ」の掛け声とともに人々にチップ、いわば、お年玉をねだる。また、教会の若い修道士たちも太鼓を叩き、体をくねらせ踊りながら家々を訪問し、人々から投げ銭を受け取り、新年を迎える喜びを全身で表す。そのすぐあとのマスカル月17日(グレゴリオ暦の9月27日、もしくは28日)には十字架発見の祭り、マスカル祭が各地で盛大に開催される。マスカルは十字架という意味だ。4世紀にコンスタンティヌス1世の母ヘレナ(聖ヘレナ)がゴルゴダに巡礼に赴き、キリストが磔にされた十字架を発見したことを祝して始まったお祭りとされる。また、タサス月28日、または29日(グレゴリオ暦の1月7日あたり)に行われるガンナとよばれるクリスマスや、タール月10日(グレゴリオ暦の1月19日から3日間)に行われるティムカット祭等、がエチオピア正教会のお祭りとして国内外によく知られている。ティムカット祭は荘厳だ。キリストの洗礼祝いの祭りである。聖櫃の木製レプリカであるタボットが年に一度、この日のみ、各教会から運び出される。高位の聖職者はタボットをかつぎ、教会が管轄する地域を練り歩いていく。これらの代表的な祭事をはじめエチオピア正教会に関する様々な行事が年間を通して、人々の生活に節目を刻み、彩りを与えている。

ゴンダールのティムカット祭の映像、映像の最後に演奏するアズマリの集団がみえる

 また、以上のめでたい祝祭の時期は近隣の村々から多くのアズマリがゴンダールへ演奏機会を求めてやってくる。いうまでもなく絶好の稼ぎ時だ。普段は1人、あるいは男女のペアのみでしか演奏を行わないアズマリも、エチオピア新年やこれらの祭事に限り、6人から10人のグループを編成し、町じゅうを練り歩いて演奏活動を行う。新調した真っ白の装束に身をつつんだアズマリの一団が、商店の軒先や、家の玄関口などで賑やかに踊りと演奏を繰り広げる姿があちこちでみうけられる。女性のアズマリ達は、一斉に踊り、リレー形式でソロ歌唱を行う。男性アズマリはマシンコ奏者、太鼓奏者、また演奏に対して受け取った報酬の金額を紙片にメモする係、と役割の分担が行われる。報酬は後日頭割りされ、グループ内において均等に分けられる。マシンコの演奏はアズマリの人数に関わりなく、男性一人によって行われる。ごく稀に、アコーディオンの奏者がいるグループもある。

ゴンダールの新年におけるアズマリの集団演奏

 祝祭時のアズマリの訪問先には、いわゆる得意先の家々がある。家々によっては顔なじみのアズマリを歓迎し、お酒を出して彼らを丁寧にもてなす。しかしながら、逆にアズマリの突然の訪問を疎ましく感じる人たちもいる。そういった者たちは「家の主人が最近亡くなった」などと適当な嘘をついてアズマリを追い払うこともある。喪中の家での音楽演奏はタブーとされているのだ。

 長い雨季が終わり、新年のきらびやかなお祭りの季節がひと段落する乾期の主要穀物収穫期(グレゴリオ暦でいう10月から2か月ほど)、ゴンダ-ルでは結婚式が毎週末行われる。結婚式のシーズンには派手に飾られた車が花嫁と花婿を乗せ、クラクションを鳴らしながら町じゅうを走行する。結婚式は基本的に、1日目のサルク(アズマリの隠語では“スルンゴ”)、二日目、三日目のメラシューに分けられる。サルクでは3人の介添え人に付き添われた花嫁が花婿を車で迎えに行き、式の参加者と会食をする。その後、近隣の屋外レクリエーションセンターやホテルの庭園に参加者と赴き、みなで歌い踊る。


 結婚式で踊る新郎新婦

 式の会場付近に張られたテントのなかでは、花嫁と花婿の近親者や友人、さらには近隣の住人や通り掛かりの者などにインジェラ(エチオピア原産のイネ科穀類テフを発酵させ、クレープ状に焼き上げた食物)と、そのおかずである山羊や牛肉のワット(トウガラシやタマネギなどとともに煮込みシチュー状にする)、地酒がふるまわれる。結婚式の豪華な御馳走のことを考えるだけで、ああ、おなかがすいてきてしまう。2日目、3日目のメラシューは、花嫁、花婿の家族や近親者によって祝われるいわばホームパーティーといったところであろうか。結婚式のはじめに花嫁と介添人が花婿を迎えに行く道中、アズマリによって、エチオピア正教会の聖者の名にちなんだ、アッボジャリエという歌が歌われる。この時、介添え人と新婦は輪を作り、足で力強く地面を踏み鳴らしながら旋回する。ときおり、「ヤーホー、ヤーホー」のかけ声と同時に、右手を円の中央に向けて差し出し、共に屈んではまた起き上がる。この動作を何度も繰り返し、次に「アブロ・チャセチャセ(もっとほこりをまいあげて騒げ)」のかけ声とともに曲は一気にテンポをあげ、集団は花嫁の家へとなだれこんでいく。花嫁と花婿が腕を組んで酒を飲む結婚式のクライマックスは、三拍子の曲、ムシェラエの合唱だ。


 結婚式において歌うアズマリ夫妻

 結婚式に呼ばれて演奏を行うアズマリは、その前日、あるいは前々日に、結婚式の主催者側から前金を手渡される。この前金の額はもちろん、アズマリの知名度や、結婚式の主催者の経済状況によって異なってくる。演奏する前に報酬を受け取ることは、アズマリ達の間で、コントラットと呼ばれる。この語はイタリア語で「契約」、「契約書」を表すcontratto に由来すると推測される。コントラットによって結婚式に呼ばれるアズマリは1人あるいは、1組の夫婦。結婚式には、知名度が高く、演奏に関して評判のよいアズマリが招かれる。しかし、結婚式の主催者に招かれなかったアズマリたちも、花婿の到来を待つ花嫁の家の付近や、花嫁と花婿、式を祝う一団が最後に訪れるレクリエーションセンターなどで待ち伏せをし、人々の輪の中に紛れ込んでチップを目当てに演奏を行なう。結婚式はアズマリにとって最も多くの報酬が得られる稼ぎ時だ。そのため、アズマリたちは、町のどこで誰の結婚式が行われるのか、といった情報を、常日頃から酒場や市場などで収集するようつとめている。


 結婚式の晩餐会で弾き語るアズマリの男性

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