『バイエルの謎』その後〜無自覚な音楽史

安田 寛(やすだ・ひろし)
1948年、山口県生まれ。国立音楽大学声楽科卒、同大学院修士課程で音楽美学を専攻。山口芸術短期大学助教授、弘前大学教育学部教授を経て、2001年より奈良教育大学教育学部教授。19世紀、20世紀の環太平洋地域の音楽文化の変遷について研究中。著書に、『唱歌と十字架』(音楽之友社、1993)、『日韓唱歌の源流』(音楽之友社、1999)、『原典による近代唱歌集成』(編集代表、CD30巻+楽譜+資料、ビクターエンタテイメント、2000)、『唱歌という奇跡 十二の物語』(文藝春秋、2003)、『日本の唱歌と太平洋の讃美歌──唱歌誕生はなぜ奇跡だったのか』(奈良教育大学ブックレット第2号、2008)、『バイエルの謎』(音楽之友社、2012)などがある。2001年に第27回放送文化基金賞番組部門個別分野「音響効果賞」、2005年に第35回日本童謡賞特別賞を受賞。奈良市在住。


安田 寛

小野 亮祐(おの・りょうすけ)
広島大学大学院博士課程修了。DAAD奨学生としてライプツィヒ大学音楽学専攻に留学。18世紀ドイツのベスト・ロングセラー教本『レーラインの鍵盤楽器教本』をめぐる博士論文により学位取得。2011年より北海道教育大学釧路校准教授。

小野 亮祐

第11回
バイエルのライプツィヒ時代◆船函璽泪攻飢饑参梁皸としてのバイエル

 前回は、これまで謎であった幼少期から青年期までのバイエルを知る背景となるライプツィヒがどのような音楽都市だったのかを、いくつかの歴史的な特徴から探った。今回はさらにバイエルが育った音楽環境やバイエル自身の音楽学習に迫れたらと思っている。そのためには新たな史料を発掘しなければならなかったが、幸いなことに今回、ライプツィヒ市の公文書館で、バイエルが在籍していた当時のトーマス学校とトーマス教会聖歌隊の史料が入手できたので、バイエル少年がトーマス教会聖歌隊員として10代をどのように過ごし、またいかなる楽曲を演奏していたのかを見ていくことにしたい。

トーマス学校に入学する

 父親の勧めによって神学の道を進むべく定められたバイエルは、故郷クヴェアフルトを離れ、ライプツィヒにやってきた。まずライプツィヒにあるトーマス学校に寄宿生として入学し同時にトーマス教会聖歌隊員となった。この時バイエルはまだ13歳。前回の連載にも書いたが、この学校は大学進学の性格を持つ学校で、当時はこのような類の学校を一般にラテン語学校と呼んだ。文字通り古典語であるラテン語を教える学校であるが、そのほかにも現代の高等学校のように歴史や外国語なども教える学校であった。バイエルの時代の大学はすでに母国語で行われることが普通になっていたようだが、少し前までは原則すべての授業がラテン語で行われていて、ラテン語の習得が必須だった。つまり、バイエルは大学で授業を受けるための準備をするための学校に入ったというわけである。大学で神学を目指す若者にとっては至極まっとうな行く先といってよいだろう。
 この学校の生徒には2種類いた。一つはExternusといい、直訳すると外部生ということになるのかもしれないが、いわゆる通学生のことである。そして、もう一つがAlmnusといい寄宿生のことである。バイエルはこの寄宿生となったが、文字通り学校の中に寄宿をしながら、通学生と同じように勉強をするだけでなく、専門的な音楽教育を受けて主にトーマス教会で教会音楽を演奏した。この伝統は今でも続いていて、寄宿生はトーマス教会の礼拝などで演奏をしている(バイエルの時代と大きく違うのは、日本などへ演奏ツアーをしていることだ)。
 われわれ現代の日本人からすると、寄宿生の存在についてはともかく、学校と教会(宗教)が音楽を介して結びつくところにいささかしっくりこないところがある。しかしながら、日本でも古来よりお寺に学寮(現在は仏教系の大学になっている場合が多い)があったりするように、本来ヨーロッパ・ドイツでは学校は教会に付随していたものなのだ。かつてのヨーロッパでは、教会は学芸の中心地であった。というのも、文字の読み書きが自由にできるのは、教会の聖職者のみだったからである。学びたい者が教会に集まって聖職者に教えを受ける、そうして出来上がってきたのが現在の大学であり(例えば、ヨーロッパで最初の大学のひとつとされるパリ大学などはその例である)、学校である。また、教会における日々の宗教行事で必要な音楽の習得と演奏は学校での主要な事項となっていった。これが時代を下り、姿を変えて現代の学校での音楽教育となってゆく。
 また、バイエルの生まれた地域もそうだったが、ライプツィヒはキリスト教の中でもプロテスタント、ルター派の一大中心地でもあった。ルター派は礼拝での音楽を重んじたことから、宗教音楽が一時期大変発達した。前回の連載でも述べたが、かの後期バロックの巨匠である大バッハもこのトーマス学校のトーマスカントールという音楽を教える教職についていて、この宗教音楽の全盛期のほぼ最後に位置する作曲家だった。バイエルは、そういった宗教文化的な背景の中でこのトーマス学校に入学し、大学進学を目指しつつ、(初めから期待していたかどうかは不明だが)高度な音楽教育を受けることになったのだ。

バイエルの寄宿生生活

 トーマス学校の寄宿生として勉強するバイエルの姿は、いったいどのようなものだったのだろうか。日記や回想録などが残っていないと十分に知るすべはないのだが、その断片を物語ってくれるトーマス学校、トーマス教会聖歌隊の資料が、ライプツィヒ市の公文書館に保存されている。その中には、学籍簿や聖歌隊員名簿はもちろんのこと、時間割表までも含まれ、バイエルの記録も確かにここに残されている。それらの史料を紐解いてゆくこととしよう。
 残念ながらすべての在学期間にわたって記録が残っているわけではないが、残されている学籍記録を丹念にたどってゆくと、以下のようにしてバイエルは進級していったことがわかった。ちなみに、ドイツでは今でもそうだが、学年の数え方が日本と逆で数字が小さいほど学年が上になる。したがって1年生が最上級生である。

1821年4月〜6月:3年生
1821年10月〜12月:3年生
1822年1月〜3月:3年生
1822年7月〜9月:2年生
1822年10月〜12月:2年生
1823年1月〜3月:2年生
1824年1月〜3月:2年生
1824年7月〜9月:1年生
1825年1月〜3月:2年生
(毎年1〜3月、4〜6月、7〜9月、10〜12月で区切られた4学期制で、学期ごとに学籍簿が存在している)

 当時のトーマス学校の最下級は4年生であり、その下には準備学級もあった。バイエルは1818年に入学しているので、長くともおよそ3年間の間に4年生までを終えていることが推測される。ただ、2年生である時期を見ると最低でも1年9か月は同じ学年にとどまっていることがわかる。しかも、1824年には最上級生となったのにもかかわらず、最終年の1825年には2年生と1級落ちていることがわかる。ある一定期間がたてば自動的に進級というわけではなかったのである。試験などをして、ある一定の水準に達しないと上級学年に上がれなかったのだろう。これを見る限りは、バイエルはそうすんなりと進級していたわけではなさそうである。
 一日をどのように過ごしていたのか、時間割を見てみよう。バイエルの在学期間の時間割表は残念ながら残っていなかったのだが、卒業後4年たった1829年の時間割が残っている。月・火曜日、水・土曜日、木・金曜日のそれぞれペアの二日が同じ時間割りになっており、それぞれに科目名と担当科目が学年ごとに記されている。例に、月・火曜日の第1学年の時間割を見てみよう。

7―8時:キリスト教倫理学
8―9時:歴史(何の歴史なのかは詳細不明)
9―10時:キケロの『フィリッピカ』
10―11時:エウリピデスの『オレステス』とピンダロス(おそらく何かを講読?)
11―12時:寄宿生のための理論的・実践的な歌唱の授業
1―2時:ホラティウスの『エピストレス』
2―3時:リヴィウス(おそらくリヴィウスの書いた『ローマ建国史』)

 キケロ、エウリピデス、ホラティウスなどの名前を見て、高校の世界史とくに古代史を思い出した読者も多いのではないだろうか。その通り半分以上が古代ギリシャや古代ローマの古典文献を読む授業に充てられている。上級学年であるから、文法などを終えて、キケロやエウリピデス、ホラティウスなどを講読していたであろうと思われる(下級学年では文法の授業などがある)。古代ギリシャ、ローマの文化はヨーロッパの精神的な古典であり祖先である。日本の高校でも外国語の古典語としての「漢文」を習うが、さしずめあのような感覚なのだろう。バイエル少年は一日の多くをこういった古典語を読むように過ごしていたのである。識字率も低い時代、ましてや古典語をマスターするなど相当なエリートだったといえるだろう。つまり当時は、音楽家は同時に学識エリートでもあったといえるのだ。ちなみに、音楽を担当したトーマスカントールもラテン語を教える責務を負っていた。実技系(芸術系)教科と学術系の主要五教科とが明確に分離されているわれわれの感覚からすると理解しにくいが、当時は芸術といわゆる学識が決してそう反するものではなかったともいえよう。
 一方でわれわれの目を引くのは、このような授業の合間の11−12時の枠に「寄宿生のための理論的・実践的な歌唱の授業Theoretischer und praktischer Unterricht im Gesange für Almunen」とあることだ。担当者は時のトーマスカントールとしてトーマス学校の音楽教育全般を担っていたヴァインリッヒだ。また、この授業時間枠は4〜1年生、月曜日〜土曜日ずっと共通している。つまり、本番である日曜日の礼拝を除く毎日のお昼前が、音楽の授業に充てられていたのだ。ここからは想像でしかないが、音楽にかける時間が毎日1時間ばかりだったとはおそらく考えにくい。日頃、授業がはねた後の午後からの空き時間に練習をして、毎日お昼前にカントールの指導のもと全体練習をしたりしたのではないだろうか。

聖歌隊の中のバイエル

 1823年のものしか残っていないのだが、聖歌隊の役割分担などの詳細な記録が残されている。寄宿生は4つの合唱グループに分けられており、それぞれにソプラノ、アルト、テノール、バスと混声4部の編成となっている。バイエルは第2合唱隊のバスパートにいる。少なくとも、1823年の17歳までには、バイエル少年も声変わりをしてバスの声で歌っていたということだ。本連載タイトルにある肖像画を見ながら、どんな低い声を響かせていたのだろうと気になるところだ。
 もう少し詳細を見てゆくと、これらの4つの合唱隊とは別にソロ歌手、コンチェルティストというグループが記されている。ソロ歌手とは、文字通りソロを任せられた寄宿生だが、第1合唱隊の各パートから筆頭者の名前と一致している。また、コンチェルティストは一般的にソロ群のことを指し、おそらくはソロ歌手に準じる高いレベルの歌声を持つ寄宿生たちだろう。そこには各パート6名ずつ名前が掲載されているが、先のソロ歌手はもちろん、第1、第2合唱隊を中心に、第3合唱隊までの各パートの筆頭2,3名の名前がずらっと並んでいる。バイエルは残念ながらそこに入っていない。ソロ歌手が第1合唱隊に所属し、コンチェルティストが第1,2合唱隊に集中していることからは、第1から第4まで合唱隊にはレベルの差がつけられており、第1合唱隊が最上位、バイエルのいた第2合唱隊はそれに次いで比較的レベルの高い合唱隊だったと言えよう。
 また、各パートの上位にソロ歌手とコンチェルティストがいることから、この名簿の順列は歌唱レベルであるとも推測される。バイエルは第2合唱隊なので、上位の合唱隊には属しているようだが、残念ながらバスパートの中では最後に位置している。また、聖歌隊員の中のリーダーであるプレフェクトが4名挙げられているが、いずれも、第1〜第4合唱隊のバス歌手の筆頭である。バイエルは作曲や鍵盤楽器の腕は良く、上位の合唱隊にいられるくらいの音楽的素養はあったのだろうが、歌手としてはそれほど素質を持っていなかったのかもしれない。もし、歌唱力も抜群だったら・・・と、歴史にifはないが、当時の花形歌手などになっていたら、われわれの『バイエル』は生まれていなかったのかもしれないなどと考えると、これはこれでよかったのかもしれない。

バイエルはどんな作曲家の曲を歌ったのか?

 それでは、バイエルはどのような曲を歌ったのだろうか? このような資料は先に述べたような公文書館、学校の奥にある資料室深くに所蔵されて広く公開されることはないのだが、実はトーマス教会聖歌隊たちが歌ったレパートリーが、オンラインで検索できるデータベースが公開されている。その名もRepertoire Thomaner(トーマス教会聖歌隊のレパートリー)(http://thomaner.topicmapslab.de/)といい、1811-2011の演奏曲目が、日時や作曲家、演奏場所などから検索ができるようになっている。これは、1811年に時のトーマスカントールであつたシヒトが、毎週土曜日を基本に始めた「モテッテ」のプログラム記録をもとにして作られたデータベースである。ちなみに、このモテッテは現在のトーマス教会でも毎週金曜日の午後18時と、土曜日の午後15時に行われていて、特に土曜日のモテッテでは、教会カンタータを中心に頻繁に大バッハの宗教音楽が演奏されている(プログラムがここで公開されている:http://www.mvmc.de/motette/)。およそバイエルのいたころにできた習慣が今でも行われているのだ。
 バイエルは1818年〜25年までの7年間在籍したが、そのすべてを見る紙面の余裕はないので、ここでは1819年のプログラムを見てみよう。作曲者名、ジャンル名に匹敵する一般的な用語や、日本においてすでに定着している曲名に限って日本語訳で示した。

演奏日 作曲者 曲名
1月2日 ヨハン・ゴットロープ・シヒト Schon wieder ist ein Jahr verflossen
カール・ゴットロープ・ライシガー Gott, welch ein Kampf in meiner Seele
1月5日 ヨーゼフ・ハイドン オラトリオ『天地創造』, Hob 21,2 より <Von deiner Güt'>
ヨーゼフ・ハイドン オラトリオ『天地創造』, Hob 21,2 より<Singet dem Herrn ein neues Lied>
1月9日 カール・ゴットロープ・ライシガー Du bist der Gott der Kraft
カール・ゴットロープ・ライシガー Ein Hauch ist unser Leben
1月16日 ヨハン・ゴットロープ・シヒト Heilig ist Gott
ヨハン・フリードリヒ・アグリーコラ Unsre Seele harret auf den Herrn
1月23日 ジュゼッペ・サルティ Lob sei dem allerhöchsten Gott
ヨハン・ゴットロープ・シヒト Fuge: Auf dich geht unsre Zuversicht
1月30日 ヨハン・ゼバスティアン・バッハ モテット『イエスはわが喜び』BWV 227
2月1日 ヨハン・ゴットロープ・シヒト Heiliger Quell der ewigen Seligkeit
ヨハン・ゴットロープ・シヒト Die mit Tränen säen, werden mit Freuden ernten
2月6日 ヨハン・エルンスト・バッハ Unser Wandel ist im Himmel
ヨハン・ゴットロープ・シヒト Ich hebe meine Augen auf
2月13日 アウグスト・ミューリンク Groß ist des Höchsten Güte
アントン・ディアベッリ ミサ曲より抜粋
2月20日 カール・フリードリヒ・ツェルナー Das heilige Lied von Matthison
2月27日 フリードリヒ・シュナイダー ミサ曲 op. 39 より クレドから終曲まで
3月6日 ヨハン・ゴットフリート・クンストマン Ehre sei Gott in der Höh
3月13日 フリードリヒ・ハインリヒ・ヒンメル Du hast deine Säulen dir aufgebaut
3月20日 カール・フリードリヒ・ツェルナー Das heilige Lied
3月27日 アウグスト・フェルディナント・ヘーザー Kyrie und Gloria op. 10
ヨハン・ゴットロープ・シヒト Nahet die Letzte meiner Stunden
4月3日 ヨハン・ゴットロープ・シヒト Meine Lebenszeit verstreicht
カール・ゴットロープ・ライシガー Wie sie so sanft ruhn, alle die Seligen*
4月7日 ヨハン・アダム・ヒラー Alles Fleisch ist wie Gras
ジョヴァンニ・バッティスタ・ベルゴレージ 『スターバト・マーテル』より Jammervoll mit heißen Thränen
4月10日 ヨハン・ゴットロープ・シヒト モテット Nach einer Prüfung kurzer Tage
4月17日 フリードリヒ・シュナイダー ミサ曲 op. 39
4月24日 ヴォルフガンク・アマデウス・モーツァルト 劇音楽『エジプトの王タモス』, KV 336aより 讃歌
ヨハン・ゴットロープ・シヒト Kommt herzu, lasset uns dem Herrn frohlocken, Motette 95. Psalm
5月1日 ヨハン・ゴットロープ・シヒト Jauchzet dem Herrn
5月8日 ヨハン・ゴットロープ・シヒト Jesus meine Zuversicht
ニコラウス・フォン・クルフト Hymnen op. 56 より <Nach dir, o Gott>
5月15日 カール・ゴットロープ・ライシガー Du bist der Gott der Kraft
カール・フリードリヒ・アイネルト Mein Mund soll deine Macht besingen 
5月19日 ヨーゼフ・ハイドン オラトリオ『天地創造』, Hob 21,2 より<Von deiner Güt'>   Gesegnet sei
ヨーゼフ・ハイドン オラトリオ『天地創造』, Hob 21,2 より<Singet dem Herrn ein neues Lied>
5月22日 ヨハン・フィリップ・クリスティアン・シュルツ Hymnus solemnis   Salvum fac regem
カール・ゴットロープ・ライシガー Ein Hauch ist unser Leben
5月29日 ヨハン・ゴットロープ・シヒト Schwingt euch, frohlockende Lobgesänge
ヨハン・ゴットロープ・シヒト Veni Sancte Spiritus, Motette
6月5日 カール・ゴットロープ・ライシガー Herr unser Herrscher
ヨハン・ゴットロープ・シヒト Die mit Tränen säen, werden mit Freuden ernten
6月12日 ゲオルク・ゴットフリート・ヴァーグナー Lob und Ehr und Weisheit
ニコラウス・フォン・クルフト Hymnen, op. 56 より  <Nach dir, o Gott>
6月19日 ゴットロープ・ビーエライ Wie an dem stillen Abend
6月23日 ヨハン・ゼバスティアン・バッハ モテット『御霊は我らの弱きを助けたもう』BWV 226
カール・ゴットロープ・ライシガー Gott sei uns gnädig und segne uns
6月26日 ルイ・シュポア Das jüngste Gericht, WoO 60 より  <Anbetend stürzen wir>
カール・マリア・フォン・ヴェーバー Der erste Ton, J 58 より <Preis dir, o Ton>
7月1日 ヨハン・ゴットロープ・シヒト Die Güte Gottes
アウグスト・エバーハルト・ミュラー Gott sei uns gnädig
7月3日 ヨハン・ゴットロープ・シヒト Unsere Väter hofften auf dich
7月10日 フリードリヒ・シュナイダー ミサ曲 op. 39 より  クレド、サンクトゥスなど
7月17日 ヨハン・ゴットロープ・シヒト Aufersteh’n, ja aufersteh’n wirst du mein Staub
カール・ゴットロープ・ライシガー Der Tod des Frommen
7月24日 ヨハン・ハインリヒ・ロレ Der Herr ist König
ヨーゼフ・ハイドン オラトリオ『天地創造』, Hob 21,2 より <Die Himmel erzählen die Ehre Gottes>
7月31日 アウグスト・ミューリンク Unermesslich ewig
アウグスト・ミューリンク Groß ist des Höchsten Güte
8月7日 アウグスト・ミューリンク Dir will ich mich ergeben
アウグスト・ミューリンク Herr unser Herrscher
8月14日 ヨーゼフ・ハイドン 歌曲集 Hob 25c,1 - 9 より<Abendlied zu Gott>
ヨハン・フリードリヒ・アグリーコラ Unsre Seele harret auf den Herrn
8月21日 カール・ゴットロープ・ライシガー Ruhig ist des Todes Schlummer
ヨハン・ハインリヒ・ロレ Ich hoffe darauf, daß du so gnädig bist
8月28日 カール・フリードリヒ・ツェルナー Das heilige Lied
ジュゼッペ・サルティ Lob sei dem allerhöchsten Gott より   Wir glauben
9月4日 ヨハン・ゼバスティアン・バッハ モテット 『主に向かって新しい歌をうたおう』 BWV 225
9月11日 フリードリヒ・ハインリヒ・ヒンメル Vater unser 
9月18日 ヨハン・ゴットロープ・シヒト Der Herr ist mein Hirt
ヨハン・ゴットロープ・シヒト Meine Lebenszeit verstreicht
9月25日 ヨハン・ゴットロープ・シヒト Nach einer Prüfung kurzer Tage
10月2日 フリードリヒ・シュナイダー ミサ曲, op. 39 / より キリエ、グロリア、サンクトゥス、アニュス・デイ
10月9日 ヨハン・ゴットロープ・シヒト Heiliger Quell der ewigen Seligkeit
ヴォルフガンク・アマデウス・モーツァルト 聖体の祝日ためのリタニア KV 125 より <Viaticum> , <Pignus>
10月16日 カール・フリードリヒ・ツェルナー Trost im Leiden
カール・フリードリヒ・ツェルナー Wer fasst wie groß du
10月23日 カール・ゴットロープ・ライシガー Gott, welch ein Kampf in meiner Seele
ゲオルク・ゴットフリート・ヴァーグナー モテット Lob und Ehr und Weisheit
10月30日 ヨハン・フリードリヒ・ドーレス モテット Ein' feste Burg
11月6日 ヨハン・ゴットロープ・シヒト 2重合唱のためのミサ曲 より キリエ、グロリア
11月13日 ヨハン・ゴットロープ・シヒト Jesus meine Zuversicht
11月20日 カール・ゴットロープ・ライシガー Der Christengesang
11月27日 ヨハン・ゴットロープ・シヒト Schwingt euch, frohlockende Lobgesänge
ルイ・シュポア Das jüngste Gericht, WoO 60  より <Anbetend stürzen wir>
12月4日 ヨハン・ゴットロープ・シヒト Jauchzet dem Herrn
12月11日 ヴォルフガンク・アマデウス・モーツァルト 劇音楽『エジプトの王タモス』, KV 336aより 讃歌
ヨハン・ゴットロープ・シヒト Heilig ist unser Gott
12月18日 ヨハン・ゴットロープ・シヒト Holde Hoffnung, Kind des Himmels
ヨハン・ゴットロープ・シヒト Die mit Tränen säen, werden mit Freuden ernten
12月24日 カール・ゴットロープ・ライシガー Gnädig und barmherzig
カール・ゴットロープ・ライシガー Der Tod des Frommen
12月31日 カール・ゴットロープ・ライシガー Ein Hauch ist unser Leben
ヨハン・アブラハム・ペーター・シュルツ Des Jahres letzte Stunde

 ざっと、この一覧表を見てどう思われただろうか。ジャンルの点からいうと、すべてはキリスト教的な内容の歌詞を持つ、あまりわれわれになじみのない宗教音楽である。よく知られているといえば、ペルゴレージのスターバト・マーテルくらいであろう。これはある意味当然としても、一方でそれらを作曲した人物はどうであろうか? ほとんどは見たことも聞いたこともないような作曲家名ではないだろうか。一番多く演奏されているのはやはり当時トーマスカントールとしてトーマス学校で音楽教育を施していたシヒトである。当時のトーマスカントールは、大バッハのころと同じように自分で作曲をしていた。シヒトは1753年に生まれ1823年に亡くなった。一覧表にも数曲散見されるモーツァルトが生まれたのは1756年である。バイエルの先生はモーツァルトとほぼ同年代なのだ。そのほか、われわれのよく知る作曲家として見られるのはハイドン、大バッハ、ペルゴレージ、ヴェーバーというところだろうか。
 一般に音楽史ではこのころはちょうどウィーンを中心とする古典派からロマン派へと移り行く時代とされる。その代表格のベートーヴェンも円熟期を迎えつつあるころである。一覧表に古典派を代表するハイドン、モーツァルトの名前も見られるが、その他を占める顔ぶれからすると、一般に知られている音楽史の流れとはまた違った、バイエルを取り巻くライプツィヒ地域独特の音楽史的な様相が存在しているようである。これは、バイエルが育った環境が、われわれの常識的な音楽史の流れのなかでとらえきれないことを予感させるものである。次回は、バイエルが聖歌隊員の時に歌ったであろうレパートリーの作曲家を詳しく見ていくことを出発点に、改めてバイエルを取り巻く別の音楽史をみてゆくことにしよう。

ご紹介した本
バイエルの謎 日本文化になったピアノ教則本

バイエルの謎 日本文化になったピアノ教則本
安田寛 著

世界的ベストセラーとして、出版されてから160年間ロングセラーを続けているバイエル・ピアノ教本。挫折した人も音大に進んだ人も、子どもの頃から慣れ親しんだ教則本だが、90年代から「バイエルを使っているのは日本だけ」等、バイエルのピアノ教則本としての信頼性が取りざたされるようになった。いきなり悪者になってしまったバイエル。しかし、いまだにピアノや音楽を超えて、教則本・入門・初歩・基礎・幼児・初学者・楽しく学べる・効果がある・自習できるといった意味を伴って使われ続けているのだ。バイエル(教則本)は、ひろく一般読者に訴える日本の文化の一つともいえる。ドイツにわたり、作者バイエル本人を探しドキュメンタリータッチで書かれた世界でも初めてのバイエル研究。

バイエル・ピアノ教則本
New Edition 「やさしい楽典」付

バイエル・ピアノ教則本 New Edition 「やさしい楽典」付
伊藤康英 編

教師・保育士をめざす方、大人の初心者や独習者にも、ピアノを弾く基本を学べるように工夫しています。巻頭に「楽譜の読み方」の解説を設け、わかりやすく楽典の手ほどきをします。各曲はすべて版を新たに作成し、大変みやすくなりました。巻末には、併用曲を収録。童謡やマーチ、クラシックの名曲など、教育現場、保育現場でよく用いられている曲を選曲。本文と技術内容もそろえて、たのしく新鮮な響きに編曲しています。


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